東インド会社の狙いは戦国日本の銀! その背景には・・・! それにしても当時の日本の銀産出量すげえええ
1602年、世界初の株式会社オランダ東インド会社の誕生です。グローバル経済の先駆者となるオランダ東インド会社。本来、国が持つさまざまな特権が一つの会社に託されていました。
外国の領主と独自に条約を結ぶ権利、兵士を雇い要塞を築く権利、更に貨幣を作る権利まで。最前線に立つ商人に強力な権限を与えることで迅速な海外進出を目指し宿敵スペインに打ち勝とうとしたのです。
オランダ東インド会社は貿易に関するあらゆる権限を持った非常に洗練された組織でした。その目的の一つはスペインの海外での収益を奪うことです。つまり経済戦争に勝利することでした。
この世界初の株式会社は戦国日本に正式な使節を送り込みます。そこには秘められた狙いがありました。
戦国日本と世界の歴史を大きく変えていくことになるオランダ東インド会社。現代の株式会社のルーツといわれる画期的な組織でした。この時代ヨーロッパに君臨していたのは各国の国王。そしてキリスト教の指導者であるローマ教皇です。彼らが求めたのは領土を広げ信者を増やすことでした。
ところが商人たちが作った国オランダの目的は全く違います。領土や不況ではなく純粋に利益を追求しました。
オランダは東インド会社を通じて国中から資金を募り世界各地へ貿易船を送り出します。このオランダが注目したのが戦国日本です。そこには世界の覇権を握るためのカギが眠っていたからです。
大航海時代、世界最大の帝国を築いたスペイン。その力の源が大西洋で発見されました。水深1100mに沈んた貿易船を調査。莫大な数の財宝が引き上げられました。59万枚、17トンに及ぶ銀貨。この銀こそが世界の覇権の握る原動力でした。
当時スペインは新大陸の植民地で巨大な銀山を開発。世界の生産量の8割を占めます。銀の力によって世界経済で優位を築き強大な軍事力を支えていました。
一方、新興の商業国家オランダ。スペインに対抗するため銀の独自の入手先が必要でした。オランダはスペインの銀の独占を切り崩したいと考えました。そのチャンスを得られる特別な場所が日本だったのです。
16世紀にヨーロッパで出版された日本地図には銀山王国と記されています。戦国時代の日本は銀の産出国として知られていたのです。日本の銀を手に入れるためオランダ東インド会社は有能なビジネスマンを送り込みます。ジャック・スペックス。
今回見つかった資料からスペックスが日本の銀について内密に調査を進めていたことがわかりました。
「この国の銀山から我々が必要とするすべてを採掘できる可能性がある。秘密裏に佐渡の銀を調査せよ。」
新潟県佐渡島。実は戦国時代ここに日本最大級の銀山がありました。当時佐渡では激しいシルバーラッシュが巻き起こっていました。この銀山の開発を進めたのが徳川家康です。
家康は豊臣家に対抗する資金源として銀を重視。関ヶ原の戦いの後いち早く佐渡を押さえていました。
佐渡にはいったいどれほどの銀があったのか。佐渡全体での埋蔵量は2300トンを超え、世界トップレベルの銀山でした。
家康は佐渡をはじめ全国各地て次々と鉱山開発を始めました。日本の銀の生産量は急速に拡大し年間100トンを超え世界の生産量のおよそ三分の一を占めます。
日本の銀を狙うオランダのスペックス。調査の結果 佐渡の銀はスペインの銀以上に純度が高いことが判明します。しかし当時は良質な銀を国外に持ち出すことは禁じられていました。
つづく
『NHKスペシャル 戦国~激動の世界と日本(2)「ジャパンシルバーを獲得せよ」』より
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